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障害者自立支援法の凍結
今回、民主党が、障害者自立支援法の凍結を、マニフェストに盛り込むとのことでした。

この法律は、はっきりいって名前だけ。
自立支援などといいながら、結局財源がないので、それを障害者本人に負担させるというもの。

健常者には、意識しなければ絶対に分からないことがあります。

この法律を作った政治家は、はっきり言って現場を全く分かっていない。
酷い法律です。


今回、民主党が今の政治情勢を踏まえマニフェストに入れたことはミエミエですが、それでも、自分はこの法律を改正する民主党の動きには賛成です。


短期的に目先のことばかり考えていないで、もっと高齢化社会が進んだときの日本のあるべき姿をもっと考えるべきではないのでは、と思います。
# by disease_diary | 2009-07-19 01:35 | 新薬などの情報
夏休み
妻が退院してから、僕の仕事が若干変わったり、引越しをして、少し余裕が出たり、そして、何より妻と徐々にゆっくりとした生活の空気が味わえるようになってきたこともあり、しばらくブログから離れてしまっていた。心配をかけてすみません。

ただ、間違いなく妻は今安定している。
ステロイドも8mgまで減った。
ただ、医師は、今までの傾向からステロイド効果がなくなると発症するような感じを受けているようで、少し長めに少量ずつステロイドを使って、様子を見ている。

確かにステロイドは体に害を与えるし、果たしてこの治療法がいいのかは分からない。

しかし、僕も、少しステロイドは続けたほうが効果的なような気がする。
妻も、同じ考えをしている。

再発してから9ヶ月が経った。
僕が夏休みを3日間とって、ディズニーランドに行った。

妻の麻痺は、随分良くなった。
最初は、覚悟した。妻も同じように覚悟しただろう。
それほど、麻痺は酷かった。

今も十分ではない。
左の手は100%力が入らないし、足もまだ引き摺る。
でも、日常生活が可能なまで回復した。

久しぶりのディズニーランド。
はじめは、ぼちぼち回ろうと思った。

初日は、随分歩いた。
びっくりするぐらい。昨年末には大変だったのが嘘のようだ。
すごいよ。

さすがに2日目以降は、園内で車椅子を使うことを僕からも提案した。
でも、3日間ともアクティブに動いた。


本当にすごい。すごい回復力だ。
いつも妻の回復力には驚かされる。


徐々に慣らしていこう。
そして、楽しいことをたくさん作っていこう。


まだまだこれから。

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# by disease_diary | 2008-09-03 23:19 | 08年の経過
大変ご無沙汰してしまっています
本当に久しぶりに書き込みをします。
皆さんにご心配をおかけしてすみません。
妻がようやく家に帰ってきて、ほっとしたのと、僕の周りで仕事やら何やら色々と動きがあり、どうしてもこのブログから遠のいてしまっていました。
本当に皆様ご心配をおかけしてすみません。
「便りがないのはいい知らせ」とはいいますが、これだけ筆不精だと見ているほうは「何かあったんじゃないか」と思いますよね。本当にすみません。
今までより回復してきたことで、あまりトピックスがなくなってきたことと、それよりも僕が以前より妻と過ごす時間が多くなってきたことからか、パソコンそのものとの接点が少し遠くなってしまいました。

とりあえず今日は妻の近況をお伝えします。



妻が3月に退院してから1ヵ月半が経った。
妻は、今では新居で暮らしている。

僕が日中仕事でいないのだが、そんな時では自分の動ける範囲で生活をしてみているようだ。僕にはそんな妻がとても心配だが、これもリハビリだと思うのと、生活の動きが出来ないことでの妻のストレスを考えると、それなりに家事をやるのもいいかなと思っている。

今日も妻は夕食を作ってくれた。
不自由なので簡単なものだが、何せ愛情が含まれている。
これは何より料理を美味しくさせる。

気候が不順なので風邪っぽくなることは多いが、何とかやっている。
精神的にも強くなった。

ただ、左半身はまだ麻痺状態。
他人が見ると、それなりに動けてはいるのであまり不自由さは感じない。
これは損だ。他人は身体障害を抱えていることをあまり知らない。

お風呂は相変わらず。
色々と試行錯誤しているのだが、水はやはり滑る。
お風呂場で倒れでもしたら洒落にならないので、慎重に。。。

近々MRIも結果が出る。
良い結果になるといいね。

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# by disease_diary | 2008-04-22 21:56 | 07年冬の経過
疲れが出たかな?
今日の妻はとてもだるかったらしい。
昨日のお風呂で相当体が疲れてしまったかな?

体力使うものね。

今日は一日だるくて、横になっていることが多かったらしい。
頓珍漢なメールが携帯に入る。

う~ん。
少し焦っている妻の気持ちが感じられる。

大丈夫。
ゆっくりやろうよ。少しずつ。

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# by disease_diary | 2008-03-10 22:10 | 07年冬の経過
お風呂
退院して1週間目。
妻はしばらく実家でお世話になっている。

ただ、まだ左足が不自由な妻は、日常生活でとても難しいことが一つ。

それは、お風呂だ。

お風呂に入ることは、まだまだとても不安。
それは僕が一緒にお風呂に入って、足が不自由な妻を支えてあげなければならない。
今の季節、まだまだ夜は寒い。
お風呂に夜入って、寝冷えをして風邪を引くようなことがあれば、また再発する可能性もある。

だから、僕が休みの休日にしか、お風呂は入れない。

妻はずっと心待ちにしていたのが今日。
幸いなことに、今日はとても暖かい休日。絶好の介護お風呂の日だ(笑)。

足の不自由な人に、お風呂場にはとても危険が多い。

お風呂場に向かう段差。
風呂場の滑る床。
風呂釜への壁(健常者であれば難なくまたげるもの)。
石鹸の泡。とても滑る。
流れる水。
足ふきマットでさえ妻には恐怖の物体だ。

介護する僕が滑ると感じるのだから、不自由な妻はもっとそれを感じるだろう。

妻の体を支えながら、お風呂場へ。
何とか風呂の椅子に座らせる。
風呂の椅子の低さは、立ち上がるときにとても辛い。
風呂釜に入るときなど、どうやって入ればいいのか僕でさえ悩む。

なんで水は滑るんだろう。
そんなことにすら腹立たしさを覚える。

シャンプー。
妻は久しぶりのシャンプーに、三年分くらい時間をかけて洗っている。
横についている僕ものぼせ気味だ。

でも、妻はとても幸せそう。
よかったね。

健常者が作っているものなど、所詮健常者向けに作ったもの。
最近これを考えるようになってから、僕が色々なシチュエーションで考えてしまうこと。

・横幅(車椅子って、通れるっけ?)
・段差(バリアフリーが一番)
・床に置かれているもの(不自由な人は、視界に入るだけでも駄目)

ほんと、腹立たしいほど障害がある。

お風呂場。何とかして欲しい。
バリアフリーであることも然りだが、滑らない工夫。
そして、手をついたり介助が可能なパーツ。これが圧倒的に足りない。

何とかならないのか?
風呂釜の中に椅子でも置いてやろうか。

まだまだ足りないものはたくさんある。

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# by disease_diary | 2008-03-09 22:01 | 07年冬の経過
幸せってなんだろう?
妻が退院して一週間が過ぎようとしている。
あたふたと時間が過ぎていく毎日。
でも、そんな中でも少しずつの幸せを感じられるようになってきたこと。

これは、介護する立場の人間としてとても大事なことだなと感じている。
こういう少しの幸せをずっと忘れていたような。

焦る気持ち。
この先、どうなってしまうんだろうかという不安。
自分自身のこと。あなたのこと。
周りの環境。そして、自分の将来。
二人のこれからの長い生活の不安。

こういう気持ちは全て僕の心の中に生まれてきたもの。
それはまぎれもない事実。

でも、だからといって、じたばたしていてもしょうがない。
くよくよしたって何も生まれない。
これからの人生を憂いても、何も変わらないし、誰も助けてはくれない。

考えたって何が変わるわけでもない。

「どうにかなるさ」
そんな言葉をずっと心で叫び続けてきた。

そして、僕の気持ちの中に余裕ができた。

なんだろう。
何が変わったんだろう。

いや。
何も変わっていない。

ただ、幸せを感じられる気持ちが芽生えただけ。
物事を見る角度を少し変えてみただけ。

見る角度を変えるだけで、景色は変わる。
自分の気持ちがリラックスして、余裕ができれば、同じものでもとても素敵に見える。

いろんな困難があった。
いろんな苦しみがあった。
いろんな悩みがあって、いろんな涙を流した。

そんな気持ちを通り過ぎると、心にとても爽やかな風が吹いた。

どうしてだろう。

「負けないで」
この言葉をずっと心の中で叫び続けてきた。

「ガンバレ」
そんな言葉は看護する立場の人間にも、そして患者本人にもいらない。
だって、頑張っているんだから。

それよりも、負けない気持ち。
これが大事なんだ。

誰に負けないの?

それは、病気でもなく、人にでもない。
この不条理な世の中にでもない。

自分に負けないこと。

幸せってなんだろう?

お金持ちになること?
出世すること?
ずっとずっと幸せってなんだろう?そう考え続けてきて、答えが見つからなかった。

今は言える。

人生の中で、ちょっとした温かさを自分で見つけること。

夢の中で楽しい旅行をしたこと。
朝の窓から入る光がとても爽やかだったこと。
朝ごはんが美味しかったこと。
ふと見上げると、素晴らしい朝日が空にのぼっていたこと。
通勤路で見つけた一輪の花の強さ。
電車の中で、可愛い女の子を見つけたこと。
一つ前の電車に乗れたこと。
今日の仕事が少し楽チンだったこと。
お茶を飲んだら茶柱が立っていたこと。
十円玉を拾ったこと。
家で飲んだビールが美味しかったこと。
ベランダに立ったときに感じた爽やかな風。
ベッドに入ったときのぬくもり。

たくさんあるよね。幸せって。

ずっとずっと、こういう幸せを感じていたい。
幸せを感じる数を数えていたら、ますます幸せになった。

明日は今日よりちょっとだけ幸せであればいい。

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# by disease_diary | 2008-03-08 22:32 | 07年冬の経過
マッサージ
退院してから、妻は平日は僕が仕事なので、実家で過ごしている。
相変わらず新居はまだ平日は一人暮らし。
ただ、寂しくはない。
妻が退院したという事実と、近くにいてすぐにでも会えるということが僕の気持ちを支えている。

これはとても大きい。

なんというか、自分の気持ちにとても余裕が出来た。
うまくいえないけれど、これが一番の大きな自分自身の収穫だ。

今日は久しぶりに早く帰れたので、実家でご飯を食べることにした。

久しぶりに会う妻はとても顔色がいい。
睡眠もとれているようだし、食欲も旺盛だ。
何より、妻の気持ちがずっと前向きなのが一番僕を安心させる。

まだまだ左足は不自由なまま。
ただ、今回作ってもらった装具は、とても重宝しているようだ。

装具をつけていないと、とてもバランスの悪い歩き方になる。
この癖がついてしまわないかと心配だったが、装具をつけると歩き方がかなり良くなる。
もう少し戻ってくるまでは、装具を活用するのがいいのかも知れない。

入院生活ではずっとベッドだったが、今は日中は寝室の隣の部屋で椅子に座って過ごしているようだ。そのためか、妻の足はとてもむくんでいた。

今日は僕は妻の足をマッサージした。
エコノミー症候群のような状態になっているのだろうか。
心配だったので念入りにマッサージした。

こういうことは、実際になってみないと分からない。
病院では誰も教えてくれない。

小一時間ほどマッサージをしたら、少しむくみが取れてきた。
妻は少しはリラックスできたようだ。

今日は、戻ってきた左手も使って包丁を使ったと嬉しそうに妻は言う。
ちょっと危ないとも思ったが、こうやって日常生活に戻っていくことがリハビリだったりする。
集中力を欠いたり慣れたりしなければ、気をつけて徐々にこなしていけばいい。

健常者には当たり前のことだが、こうやって少しでも進歩することが僕らにとって今とても重要なことだ。これもなってみなければ分からない。今日はそんな小さな進歩を二人で分かち合って喜んだ。

今週末はまた新居で妻と過ごすことになる。楽しみだ。
少しでも一日ずつ良くなって、早く戻ってくる日はいつだろう。
桜が咲くのとあわせて徐々に新居に戻る頻度を増やしていければと思う。

負けるな!
明日は、今日より少しだけいい日になるよ。

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# by disease_diary | 2008-03-04 23:03 | 07年冬の経過
退院
今日、妻が退院した。
今日は朝からとてもいい天気だ。

実は昨日は興奮してあまり寝れなかった。
どんな言葉をかけてあげたらいいんだろう?
妻がこの家を見たら、どう思うんだろう?
色々なことを考えていたら、なかなか眠れなかった。

今日も朝の5時半に目覚め。
手持ち無沙汰で家の掃除をはじめてしまった。

9時半に、病院へ到着。
すでにベッドの上の妻は準備をして、落ち着かない様子だ。
病院の手続きをして、11時にようやく外に出た。

丸3か月。
これが長かったのか短かったのか。

でも、二人はとても精神的に強くなれたような気がする。
発病は、これで4回目。
今までで一番夫婦らしく、僕も頑張れたような気がする。
結婚して12年目。ようやく夫婦になれたような気がする。

妻は、「KUA AINAが食べたい」と言った。
僕は笑った。アメリカ丸出しのハワイのハンバーガーショップだ。
それほど、入院生活が辛かったんだろうと思う。

そして、まだ妻が見たことのない新居へ。
あと、新しい家に必要なのは、新しい洗濯機と妻のぬくもりだけだ。

妻は新居をとても喜んでくれた。
妻は不自由な左足に装具をつけた。
スキーブーツのような装具をつけている妻を見ると、一日も早くこの装具がなくても歩けるようになる日が来てほしいと思う。

新居は、玄関を除いてバリアフリー。
これを妻はとても喜んでくれた。

後ろから妻を見ていると、確かに不自由な左足は段差があると思った以上に辛そうだ。
左足を前に出すときに、上に上げられず「引きずる」ように前に出るのだ。
その前に出る時にどうしても段差があると当たってしまう。
今のところ新居は妻の不具合になる場所はなさそうだ。良かった。

実は僕はこの退院の日に妻にプレゼントを考えていた。(その内容は内緒)
妻は、とても喜んでくれた。やったね。
でも、これが僕の本当の気持ちです。

「あなたは変わってる。こんな面倒くさい私と一緒にいるなんて」
最近妻は良くそう言う。

確かに。
僕も不思議だと思う。客観的に見れば、選択肢は多いんだろう。
ただ、僕の選択肢は、なぜか一つしかない。
君と夫婦として幸せに歩んでいくことが、僕の生きる糧だから。
他人にどう思われようと、それはあまり関係のないこと。
僕らが幸せに生きていければ、それでいい。

でも、僕も今まではそう思っているつもりでも、実は心のどこかで納得をできていなかった。
なんというか、「それで本当にいいのか」と言っている自分が心のどこかにいたと思う。
今は、それが全くないのだ。

妻にもうまく説明ができないが、そういうことだ。
妻は、あえて人生棘の道を選択する人だと思っている。
それでもいいんじゃない?幸せならば。

ようやく新居を見ることができた妻だが、夕方には妻の実家に移動した。
僕が平日は仕事があり、妻が一人になってしまうため、生活に慣れるまでは実家で過ごすことにしたのだ。

実家の母はもう70を越えている。
これから先、不安はある。
今は母に頼ってはいるものの、これからは頼れない。

大丈夫。
そうなったら、介護休暇でもとるさ。

妻はこの日の夕食に、しゃぶしゃぶが食べたいと言った。
いつもそうだ。
妻は、新婚旅行でアメリカから帰ってくる時も、しゃぶしゃぶを食べたいと言っていた。

とても有意義な一日だった。
そして、とても幸せな一日だった。

新たなスタートの日。

ありがとう。

そして、これからもよろしく。

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# by disease_diary | 2008-03-01 22:54 | 07年冬の経過
退院日が決まった!
やっと!やっとだ!

妻の退院日が決まった。
3/1に、妻はようやく退院する。

12月の頭に発症して、約3ヶ月。
一時はどうなることかと思ったが、妻の努力でみるみる回復した。

まだまだ日常生活には程遠いが、少なくとも今よりは大きく前進できる。

妻はまだまだ不安そうだ。
僕は今すぐにでも受け入れるのは大丈夫、と思ってはいるが、妻は慎重だ。

それはそうだろう。
自分の体は自分が一番良く分かっている。
特に、僕が仕事で家を離れる平日に、どうやったらいいか。
しばらくは家内の実家で、母にお世話になる予定だ。

ただ、これからに不安はある。
いつまでも母にばかり頼っていられないということだ。
今後もし発病して、同じような状況になったら、その時に親を頼れなかったら。

大丈夫。
僕は今回の病気を通して、色々なことの覚悟ができた。
今までもしてきたつもりだったが、もし万が一そうなったら、介護休暇をとって仕事を一時休んでも面倒を見る覚悟は出来た。

「あなたは物好きだね」
妻はたまにそんなことを言う。

なんだろうね。
不思議だ。確かに自分でもそうかもしれないと思うけれど、それが僕の気持ちだ。

今まで10年間通して、もしかしたらその覚悟ができていなかったのかも知れない。
自分では覚悟は決めていたつもりだけれど。

一番大事なのは、妻と一緒に幸せに過ごすこと。
それができれば、一番僕が幸せを感じられる。
そのことをたまに忘れてしまうから、色々な問題が起きたりするのだ。

多分これからもたくさん障害や問題があるだろう。
だけれど、この気持ちを忘れずに生きていきたいと思っている。

退院日はもうすぐ。
それまでに、出来ることは全てやっておきたいと思っている。

ガンバレ!

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# by disease_diary | 2008-02-20 02:00 | 07年冬の経過
引越し
ここのところバタバタして、漸く落ち着くことができた。

まずは、引越し完了!
7年住んだ旧住居より、転居を完了!
段ボール詰めやら、諸々の手配やら、当日の引越し。
そして、予想以上に大変だった引越し後の片付け。
まだ新住居は段ボールが散乱しているが、漸く住める位になった。

新住居は、快適。

引越しにあたっては、かなり考えた。

■妻の実家から比較的近いところ
再発してまだまだ時間がかかりそうなので、実家の手伝いが必要になりそう。そのため、妻の実家からほど近く、何かと行き来がしやすい場所にした。

■出来る限りバリアフリーなこと
妻は今回左半身の麻痺という状態になり、一時は排尿もできず、ベッドの上での排便という状況だった。少しずつ戻ってきているがまだ左足(特に足首)が思うようにならず、日常生活に支障がでそうだったので、出来る限りバリアフリーに近い住居にした。
エレベーターがあり、入り口に少し段差はあるが、家の中はほぼバリアフリー。最悪車椅子で動くにしても十分なスペースが確保できる住居を選んだ。

■将来的に犬が飼えること
この病気の一番の大敵は、ストレス。少しでも和らげるためにも、将来的にペットが飼えて癒しができるような住居を選びたかった。妻の回復状況よってだが、犬を飼っても大丈夫な住居にしたかった。

新居に住み始めて約1週間。
とりあえず妻の目線でずっと見てきたが、今のところ大きな問題はなさそう。
もちろん、妻が帰ってきて実際に生活をしてみたら色々と問題が出てくるのだろうが、第一段階はクリアーできたような気がする。

何はともあれ、妻のためにも心機一転状況を変えてあげたかった。
そのために、妻にストレスを与えずに新居に移るためには妻が入院している間に転居を済ませることだった。少し無理なスケジュールではあったが、何とかなるものだ。

これが、入院している妻への僕の最大のプレゼントだと思っている。

でも、引越しの後、先週1日だけ妻が電話口で泣いた。
「長年住んだ家にお別れさえできなかった。自分の状況を考えると泣けた」
妻はそういった。

確かにそうだ。
もう今までの家は、がらんどうだ。

でも、大丈夫。
新しい生活が待っているよ。
これからの僕らの幸せが。

だから、心配せずにゆっくりと治していこうよ。

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# by disease_diary | 2008-02-19 22:52 | 07年冬の経過
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